現在の化学反応理論では通常、電子の運動と原子核の運動を断熱近似により分離が可能として行われている。この方法ではまず原子核の座標を断熱パラメーターにとり固定した原子核配置で電子の運動をときポテンシャル曲面を求める。次にそのポテンシャル曲面上で原子核の運動を解く、という手順を踏む。この近似で分子の問題を解くときに波動関数の位相が問題となる。電子波動関数は、電子の運動のハミルトニアンの固有関数でその固有値はポテンシャル曲面を与える。原子核の運動はポテンシャル曲面をポテンシャルエネルギーとしたシュレディンガー方程式を解いて得られるわけであるが、ここで原子核のシュレディンガー方程式には一般に振電相互作用からのベクトルポテンシャルとスカラーポテンシャルがはいる。通常は電子波動関数を実関数であると仮定し、ベクトルポテンシャルがゼロであるとして原子核の運動を解いている。しかしこれは円錐型交差点をもつポテンシャル曲面上の運動の場合には成り立たず、ベクトルポテンシャルをいれた計算が必要となる。本研究ではこのゲージポテンシャルの振電エネルギー準位および化学反応動力学への影響を調べる。 前年度の研究で、われわれは上記のゲージポテンシャルの影響を2つの電子状態モデルの範囲で調べた。その結果ゲージポテンシャルは振電エネルギー準位の対称性、多重度を正しく得るためには必須であることがわかった。本年度はさらに2つの電子状態がクラマ-ス二重項の場合を考察した。2つの電子状態がクラマ-ス二重項の場合ゲージポテンシャルは2行2列の行列となる。ゲージポテンシャルはSU(2)行列で原子核座標のみに依存する。われわれはゲージポテンシャルを取り入れてモデル系およびCu_3の電子基底状態の振電準位を計算した。その結果スピン・軌道相互作用がある場合にはヤン・テラー型振電相互作用と同様にレナー・テラー型振電相互作用でもゲージポテンシャルはゼロにならないことがわかった。またベクトルがポテンシャルと同様にスカラーポテンシャルもゼロ点エネルギーを正しく得るためには必要であることがわかった。
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