本年度の目的は、強力なマイクロ波パルスを用いることによりスピン相関を制御し化学反応を制御する基礎的な研究にあったが、その目的に向い次のように研究を進めた。 1、強力なマイクロ波を照射しつつ反応生成量を観測可能なシステムを新たに製作した。特に従来用いてきた核スピン分極検出システムに加えて、ラジカル対からの生成物の発光を検出する方法ならびに、ラジカル対の減衰過程を直接観測可能な過渡吸収検出の手法を加える事により、従来観測が困難であったスピン相関に対するマイクロ波照射の効果の直接的な時間分解観測が可能となったのみならず、従来観測が困難であった中性ラジカル対による系へと観測系を拡張することが出来た。 2、核スピン分極検出においてては、クアドリシクランの電子移動反応においてマイクロ波によるスピン相関への摂動が核分極を変化させ、マイクロ波パルスの遅延時間を変化させることにより、ラジカルイオン対の動的挙動を評価する事が出来た。 3、光誘起電子移動反応において、蛍光検出型の反応収率検出において強力なマイクロ波照射がスピンロッキングを起し、その結果スピン混合の停止が引き起こされる事が明らかとなった。更にマイクロ波効果の時間変化を考察することにより、ラジカルイオン対の寿命を評価し、そのダイナミクスを検討することが出来た。 4、ポリメチレン連結分子系の光誘起水素引き抜き反応において、中間体ラジカル対の過渡吸収を検出しつつそのマイクロ波効果を観測することにより、従来のODESRでは観測が困難であった中性ラジカル対のスピン相関挙動について、明らかとなった。時間分解測定から、スピンロッキング現象はラジカル対生成後100ns程度までに顕著であり、その後はむしろ三重項間のマイクロ波遷移の効果が有効となる。この事はラジカル対におけるスピン相関のコヒーレンスが緩和した事によると考えられるが、その原因は検討中である。しかしこの結果は、従来の速度論的な遷移現象を中心として説明されてきた反応の磁場効果やマイクロ波効果を、新たなものに展開させるものであり、今後の発展が期待できる。
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