研究概要 |
価電子の光励起により局所的構造変化が誘起されることは、種々の凝縮系で知られている。これは“電子を励起することで原子が大きく動く現象"で、「固体中の光誘起反応」と言うことができる。アルカリハライドでは、励起子が緩和して二中心型のエキシマー状態(自己束縛励起子:STE)や色中心(フレンケル欠陥対)が出来るが、本研究では、その光反応ダイナミクス、特に断熱ポテンシャル曲面の多重安定構造を実験と理論の両面から明らかにした。 実験: II型とIII型の安定配置間の熱遷移と脱励起機構 STEには局所構造と対称性が異なる三種の緩和配置が存在する(I型は中心対称な“オンセンター配置"、II型とIII型は断熱不安定性により対称性が低下した“オフセンター配置")。II型とIII型の緩和配置が共存しているKCl:Iの局在励起子系を対象に、液体ヘリウム温度からに250KにわたってSATEの再結合発光の収量と寿命の温度依存性を測定し、各配置間のポテンシャル障壁と再配置のダイナミクスを調べた。30K以下の低温域では励起子はIII型配置の最低三重項状態へ緩和してそこから脱励起するが、温度上昇に伴ってIII型配置からII型配置への熱遷移が可能となり、120K付近ではII型・III型両発光帯の強度は熱平衡分布に漸近する。しかし、さらに温度が上がるとII型帯の強度は減少しIII型帯の強度が復活する。寿命の温度依存性の解析から、III型緩和配置において三重項状態から一重項状態への熱励起が150K以上の高温域で優勢になるためと判明した。以上の結果から、II型とIII型の配置を隔てるポテンシャル障壁の高さは30meV,III型配置のおける一重項三重項の交換エネルギー分裂は〜75meVと評価できる。 理論: 電子・正孔のスピン相関と断熱不安定性 最低エネルギーの断熱ポテンシャル面がハロゲン分子核X_2-並進運動モード(Q_2)に対して不安定化すると、STEは中心対称な配置(オンセンター型)から非対称なオフセンター配置へ変位し、さらには欠陥対の配置へと緩和する。本研究では、1S-2P_z軌道混成に対する(Q_1,Q_2)モードの非調和効果を取り込んだ新しいモデル理論を提案してオン・オフ双安定性を説明した。また、原子移動の引き金となる断熱不安定性を電子・正孔のスピン相関と関連付けて理解するため、一重項と三重項のエネルギー差(交換エネルギー)のオフセンター変位依存性を計算した。交換エネルギーは、オンセンター配置とオフセンター配置ではともに数十meV程度であるが、その中間では100meV以上の大きな値をとる。交換エネルギーが格子緩和の途上で増大すると、オン型とオフ型の配置の間のポテンシャル障壁は三重項状態より一重項状態の方がはるかに高くなるが、これがスピン状態によって緩和のダイナミクスが大きく異なる原因であると考えられる。
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