研究概要 |
近年,神経栄養因子(neurotrophin,NT;NGF,BDNF,NT-3,NT4/5)は、各々に対する特異的なチロシンキナーゼ受容体(TrkA,TrkB,TrkC)および低親和性受容体(LNGFR)を介してその作用を発現することが明らかになってきている。さらに、近年gene targettingや実験的神経障害動物モデルを用いた研究から特にBDNFは運動ニューロンの発育と機能維持に必須なfactorであることが明らかにされつつある。当該年度の研究では、運動ニューロンが選択的に障害される筋萎縮縮性側索硬化症(ALS)に焦点を絞り、患者脊髄に於けるBDNFとその受容体TrkBの発現動態を明らかにしそれがALSの病態形成に如何に関与するかを検討した。このため、ALS患者10例、正常対照7例の脊髄を用い、TrkB蛋白発現量を抗-TrkB抗体(自家製)を用いた免疫沈降(IP)とWestern blotを用い半定量化した。また、発現する細胞を同定するため免疫組織化学的に同抗体を用い検討した。さらに、発現するTrkBの活性化状態を検討するため抗-燐酸化チロシン抗体を用いたWestern blot及びIP-チロシンキナーゼ活性測定を行った。その結果1)患者脊髄では、コントロールに比し明らかに大量の受容体発現をみた。2)しかし、これらup-regulateされた受容体の自己燐酸化はコントロールに比し低下していた。3)IP-チロシンキナーゼ活性測定でも、患者サンプルでは明らかにその活性は低下していた。4)BDNFのmRNAの発現をRT-PCR法により検討したが、患者脊髄でもそのmRNAの発現は確認された。しかし、その発現レベルに患者-コントロール間で明らかな差異を見いだせなかった。以上の事実は、ALS患者脊髄には少なくともBDNF-TrkBの系を介する神経細胞維持機構に何らかの障害があることを示唆しておりALSの病態形成あるいはその進展に深く関与する可能性があることを推定させる。
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