研究概要 |
末梢神経・組織障害後の痛覚過敏症の病態発生における脊髄シナプス伝達・制御機構の変調の関与を明らかにし,適確な治療法について理論的基盤を得ることを目的とした。 I.痛覚過敏症状とモデル 外傷,手術そのほかさまざまな要因により,末梢組織が障害された後に障害部位の広がりや痛覚域値低下が起きることがある.ラットを用い発痛物質(formalin, mustard oil)を後肢皮下注し,前者では一過性の痛み行動(flinches)がみられた後,消失し,遅発性にflinchesの増加がみられ,一方,後者では時間と共にflinchesの増加がみられ,これらはC線維を介する反応とされており,本研究では,これを痛覚過敏モデルとして基礎的研究を行った. II.痛覚過敏における脊髄入力,伝達・制御様式 1)発痛物質注入によるC線維の繰り返し侵害刺激は,脊髄後角(1-2層)の14C-2-deoxyglucose代謝亢進をもたらす,2)またsubstance P, glutamate (Glu)の過剰放出がmicrodialysisで確認された.α2,μ受容体作動薬,およびN型Caチャネル阻害薬は,flinchesの増加を抑制し,Glu放出を抑制した.3) MK-801,アデノシンAl,α2,μ受容体作動薬はCa流入阻害や過分極を起こしflinchesの増加を抑制した.4)とくに連鎖するCa依存性酵素PKCについては,これらが関与する受容体と脊髄後角1-2層で3H-PDBu結合が増加し、PKC阻害薬がflinchesの増加を抑制し,Glu放出亢進を抑制したことから痛覚過敏に関与することが判明した.5)また,侵害刺激がMAP-2免疫活性を低下させ,PKCの活性化は蛋白リン酸化を促進し,細胞骨格蛋白を破綻することも分かった.6)細胞内Ca増加はそのほかにも,アラキドン酸産生を亢進しシナプス前を刺激し,伝達物質放出亢進をさらに増加することも知られている.したがって,脊髄過敏は,脊髄シナプス伝達において一連の化学的カスケードが“上向き調節"(神経可塑性)となり,発現はることが有力な一機序となりうることが示唆される.7)さらに,本研究からformalin注入後にNGF免疫活性が増加したこと,また痛覚過敏は4-methyl cathecolの投与(NGF増加作用)で増強されたが,外的投与されたNGFにより,痛覚過敏が発現するとする報告に符合する.本研究で,MAP-2の傷害(樹状突起の傷害)を代償するように発現したことより,傷害を受けた細胞が炎症反応を起こし,サイトカイン(IL-1)を増加させ,NGF産生を亢進したものと考えられる.したがって,知覚神経の末梢から脊髄に向けての回路網において,NGFが神経の再生・接着,軸索伸展を促し,シナプス伝達の効率を高めたことも発生機序となるうるであろう. まとめ 本研究から、末梢組織・神経傷害後の脊髄過敏発現における病態解明を化学的シナプス伝達とその制御機構の面より検討した.その結果,知覚神経終末,特定の受容体活性の制御のほかに,細胞内情報伝達系及び神経成長因子の治療に向けての重要な役割が明らかとなった.今後、脊髄過敏症における細胞内情報伝達系の神経可塑性との関係,およびNGFを取り巻く環境因子の特定,及び治療に向けての検討をさらに加えたい。
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