本研究では、非弾性トンネル現象を利用して原子種を直接同定するための新しいSTM装置の開発を行った。非弾性トンネル過程の起こる確率は弾性過程の1%程度である上、室温では温度によるぼやけの効果により微細構造は観測が困難である。このため、本研究ではまず測定ユニット全体を液体ヘリウム温度まで冷却でき、かつ温度安定性に優れた超高真空低温型STMシステムを試作した。通常の装置ではSTMユニットに冷却ヘッドを接触させることにより冷却するが、この方式では熱輻射の影響が大きく、最低到達温度及び温度安定性に問題がある。本研究では、液体ヘリウムクライオスタット内に縦長の円筒状超高真空チャンバーを挿入し、冷却部分を広くとることにより温度安定性を高めた。また、STMユニットは共振周波数が高くなるよう極力小型化し、チャンバー内にバネで吊るすとともに真空系全体を空気バネダンパー上に乗せて防振した。測定チャンパーには試料準備チャンバー及び試料導入室を接続し、真空を破ることなく試料及び探針の交換を行えるよう工夫した。計測系に関しても、従来はトンネル電流を数値微分することによりコンダクタンスを求めていたが、ノイズレベルを低く抑えるため本研究ではロックインアンプを用いた微分検出法を採用した。電圧変調幅、周波数などの動作パラメータの最適化を図った結果電気ノイズを従来の1/10に減少させることに成功した。 上記のシステムを用い、層状物質の低温AST観察を行ったところ、各原子位置におけるトンネルスペクトルの変化を再現性良く捉えることに成功した。現在、非弾性トンネル現象を観測すべく、合金や伝導性酸化物への応用を図っている。
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