第2次世界大戦後、植民地主義の反省から非ヨーロッパ文化の尊重、および先住民族の保護の動きがおこり、後に構造主義の一方の旗頭とされるレヴィ=ストロースがユネスコで行なった講演『人種と歴史』(1951年)は思想面での象徴的な出来事として記憶されている。しかし、70年代後半より情勢が変化する。排外的な政治勢力が文化相対主義を逆手に取って「差異の権利」を主張し、固有文化の順守と外国人排斥を訴えたために、普遍思想への回帰が支配的な潮流となってくるのである。この点は、すでに『いま、なぜ民族か』(平成6年4月刊)収録の「移民という〈新しい民族問題〉」で確認済みである。今年度の研究では、潮流が変化した後の時期、主に1980年代のフランスにおける普遍主義と文化相対主義の相克を検証することを課題とした。研究の過程で明らかとなったのは、この時期が思想の面においても、1985年頃から顕著になった論調、すなわち以前の「進歩思想」を「68年の思想」として否定し、伝統的な「意識」「主体」「理性」への回帰を説く論調の台頭と一致しているという点である。前述の普遍主義や西洋思想の古典的価値へのこうした回帰自体に抑圧的な性質を認めるのは行き過ぎかもしれないが、私見では、それらの言説が一切の「第三世界主義」および「解放の思想」を反民主主義的であるとして却下するとき、そこには「ヨーロッパの要塞化」と軌を一にする危険な排外主義の徴候が認められるかもしれないと考える。90年代になって、思想も含めたフランスの言論界ではアルジェリアにおける軍事政権とイスラム原理主義の対立が色濃く影を落としている。95年には大統領選挙を控えたこの中央集権的な国民国家において異文化をめぐるどのような言説が生産されるのか、現状に密着した形で、思想を中心とした地域文化研究を今後も続行する予定である。
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