研究概要 |
本研究の目的は,現代の音楽観を相対化することを最終的に目指しつつ,音楽が芸術の範疇に組み入れられる前後の思想の動きを,従来音楽において軽視されてきた「古典の伝統」を軸として,探ることにあった.研究の実施に当たって,4つの問いを設定した. 1.西洋音楽における「古典の伝統」とはいかなるものか. 2.近世芸術思想の基調をなしたアリストテレースのミ-メ-シスの思想がもともといかなるものであったか. 3.18世紀人はそれをどう理解したか. 4.音楽内部の古典の伝統と古代から受け継がれた芸術思想とが18世紀の音楽においていかなる形で作品化され,また当時の音楽理解の地平に参与したか. 以下に,個々の点について研究成果の概略を報告する. 1.「音楽music,Musik,etc)」の概念は紀元前4世紀以降のギリシャのム-シケ-概念をそのまま引き継いでいるし,音の高さと長さをディジタルに規定する感じ方とそれに基づくcompositionの概念も西欧人がギリシャから引き継いだものである.実作品を通じて古代の音楽が後世の創作を具体的に刺激することはなかったが,美術や文学における古代像が理念形として作品創造を導いた. 2.アリストテレース『詩学』におけるミ-メ-シスの概念は,感性を通じて直感される美よりは,むしろ再現対象の実相を照らし出すという意味で,むしろ真にかかわる.議論の多い「カタルシス」も真理の認識による無知からの解放として解釈されなければならない. 3.18世紀のバトゥはアリストテレースのミ-メ-シスをもっぱら美との関係で理解し,こうしてbeaux artsとしての「芸術」概念が確立したと考えられる.このようなアリストテレース理解は,今日にまで続いている近代的な芸術=感性論の地平の招いた一種の偏向ととらえられなければならない. 4.この点は現在研究を継続中であり,現時点で成果報告をすることは差し控えたい.
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