研究概要 |
寓話の起源の地としては,古くはギリシア・インド・ドイツ等が唱えられたが,その後オリエント起源説が現れた.我々はオリエントの諺および修辞的表現とギリシアの寓話を比較することにより,動物に託して語られたオリエントの教訓話が,ギリシアに入って寓話という文芸ジャンルに成長したことを確認した.ホメロス,ヘシオドス,アルキロコスといった前8,7世紀の詩人も知っていた寓話が,なぜ前6世紀の人アイソポスに帰されたかという事情は,寓話の社会的機能の高まりと関係する.言語の違いや知的レベルの違いを越えて,寓話はすべての人を容易に説得する,という効力が認識されるにつれて,実用のためにも娯楽のためにも寓話が盛んに作られるようになり,そのような時期とアイソポスの出現が一致したのである.古代文献の博捜によって,家庭で,法廷で,戦場で,短い寓話が百万言にも勝る説得力をもち得た状況が,多数見いだされた. すべての寓話がアイソポスに帰されるようになっても,それらがテクスト化されるにはなお数百年を要した.永らく口承で流布していた寓話が,ギリシアの作家たちにどのように利用され,いつごろテクスト化され,今日までの伝承が可能になったか,も本研究によって確認された. 寓話の世界は,人と動物とが同じ言葉で語り合えた黄金時代に設定されることが多い.山下は,寓話における黄金時代とルクレティウスやウェルギリウスに見える黄金時代のイメージとの関連を追及した.中務は,笑話集のような口承文芸と寓話の関係をも考察した.これらの研究成果を元に,中務は現在,寓話の起源,ギリシア作家の寓話利用,寓話の語られた状況,インドとの関係,寓話の伝播,の各項について,アイソポスの全体像を描く書物を執筆中である.
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