研究概要 |
1 本研究の目的は、『種々の裁判所の慣習』(Consuetudines Diversarum Curiarum)と称される1230年頃イングランドで書かれた著者不明の裁判実務の手引書を主たる検討素材として、従来低く見られがちであった成立期コモン・ロ-における学識法(ローマ法・教会法)の影響を再評価することにある。 2 本研究によって得られた新知見は、以下の諸点に要約することができる。 (1)本史料の写本は現在二つ伝わっている(Gonville and Caius College, Cambridge, 205/111, pp. 409-429 ; Cambridge University Library Mm. I. 27, ff. 76v-77v)が、後者は前者を筆写したものであり、世俗の裁判権の部分しか存在しない。両者を比較すると、後者は前者における行間挿入などを本文に収めているのみならず、前者における不注意な記述を訂正している箇所が多く、この点で、前者のみに基づいた刊本(Selden Society, vol. 60, pp. cxci-cciii)は、不十分なものであることが判明する。 (2)教会裁判所における証人による証明と世俗裁判所(コモン・ロ-)の民事裁判における陪審による証明の間には、手続上の類似性が認められる。 (3)教会裁判所のみならず世俗裁判所でも、伝統的な口頭手続重視と並んで、書面の利用が進んできている。 (4)13世紀後半から14世紀前半の教会裁判所の実務についてはすでに、ローマ・カノン法の本来の手続からの部分的な逸脱が指摘されているが、そのようなイングランド教会法の特徴は、本史料のような聖俗両裁判所の実務に関わる人々を対象として書かれた手引書の存在を前提としており、むしろコモン・ロ-と教会法が相互に影響を及ぼしあっていた結果と見るべきであろう。
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