1980年代に入ってから経済学方法論に関する研究が活発になった理由には、二つの側面が考えられる。一つは、クーンの『科学革命の構造』をきっかけに、70年代から急速に活発になった科学哲学における方法論研究に触発された側面、もう一つは、70年代に入って顕著になった、ケインズ主義ならびに新古典派総合の影響力の低下という側面である。近年の経済学方法論に関する議論は、これら二つの側面がいわば入り混じりながら展開してきたといってよい。しかも、従来主流派から異端視されてきたオーストリアンや制度学派、ポストケインジアン、ラディカル派などが、主流派に対する有力な批判を提供するものとして注目を集めるという現象さえ生じてきている。 こうした中で、最も議論の集中した論点は、ブラウグが一連の著作で示した反証主義の擁護であった。これに対しては、大きく二つの批判をみることができる。その第一は、反証主義が充分な説得力をもつものではないことを哲学的に基礎づけようとする試みであり、コールドウェルの批判的多元主義や、知識・言語を異にする科学者集団間の相互理解の不可能性を指摘するものなどがある。第二は、経済学研究の実際を理解することの重要性を指摘するものである。例えば、経済学論文を「言語学」的に分析し、経済学者の関心が、経験的なテストや予測ではなく、レトリックや数学的な手法に集中しがちであることを指摘するもの、また、科学社会学的な分析を借りて、経済学者のコミュニティーの中で経済学の知識がどのように生成・展開し、さらに、それが社会的な文脈の中でどのような位置付けを得ているのかをみる必要のあることを強調するものなどが挙げられる。 近年の経済学方法論をめぐる議論は、大まかには以上のように整理できるが、実際は、これらの論点は互いに錯綜し、必ずしも焦点が明確にされているわけではない。研究担当者は、現在のところ、批判的多元主義に近い立場から、複数の方法の並立可能性と、それぞれの長所と限界についての相互批判的な議論を通じた、異なる方法論の相互理解の可能性とについて検討中であり、また、その成果の一部を近日中に論文として公表すべく準備中である。
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