研究概要 |
これまで電導性や磁性等の個体物性の発現を目指した多段階酸化還元系の設計に於いては、結晶中での電子の授受を容易にする為に、それに伴う構造変化が微少であることが望ましいとされてきた。このような観点からするとこれらは静的な酸化還元系と見なすことができる。一方、電子授受に伴い分子構造が大きく変化し、更には結合様式が変わってしまう場合でも、全過程としてそれが可逆に繰り返される場合には動的なレドックスサイクルとして区分することができ、これらは応答性分子としての機能が期待される。本研究はこのような動的過程を示す系の設計合成を通じて、それぞれの酸化段階の構造や性質を調べ、更にその変化をたどることにより、これらの応答性分子としての有効性を追求することを目的としている。 平成6年度には酸化によって渡環結合が形成されるタイプの電子供与体をモチーフとして研究をおこない、平成7年度は逆に酸化により結合解裂を伴う分子の研究に重点を置いた。初めに研究対象とした2,2′-(シクロアルカン-1,m-ジイリデン)ビス(1,3-ベンゾジチオール)類は、電子供与体として良く知られたジベンゾ-TTF骨格にシクロアルカンを挿入して共役を切断したタイプの化合物であり、続いて研究したトリシクロ型化合物はシクロブタン環に二つの1,3-ベンゾジチオール環がスピロ型に連結された構造を有しているもので互い異性体の関係にある。両者とも容易に2電子酸化されビシクロ骨格を有するジカチオンへと変化する。これらの詳細な検討によりこれらが可逆なレドックス対になる為に適したリングサイズを特定し、その挙動の違いについて考察した。一方、1,3-ベンゾチオリウム自体は強力な発色団とはなり得ない為、次に酸化によりトリアリールメタン系の色素骨格を形成し得るヘキサアリールエタン誘導体の研究に着手した。期待通り単離されたジカチオンは可視部に十万以上のモル吸光係数を持つ安定な化合物で、二電子移動に際して定量的にC-C結合の形成と切断が起るエレクトロミズム系となることが実証された。
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