研究概要 |
本研究は個体の生息場所選択に着目し,主要種の繁殖生態と種内・種間内の相互作用を明らかにすることによりブナ林の鳥類群集構造の解明の糸口を見いだそうとしたものである.長野県北東部に位置する下高井郡木島平村カヤの平地区にあるブナ林(標高1460m)の10haの調査プロットをもうけ,3年間にわたり主要鳥類を個体識別し,なわばり形成にはじまる繁殖期の個体の行動データを3次元の位置データとともに収集した.調査プロットではヒガラ・シジュウカラ・クロジ・キビタキ・アカゲラ・ゴジュウカラが優占しており,これら6種が全鳥類個体数の約6割を占めていた.樹洞営巣性で越冬している種が,種数のわりに個体数で優占するのが調査プロットの鳥類群集の特徴である.優占6種の記録地点はすべて調査プロットのほぼ全面にわたっていたが,アオジやウグイスの分布は林緑部と林内のギャップに偏っており,ギャップが林緑性の種に林内の生息場所を提供していることが示唆された.優占6種は林内にほぼすきまなくつがいのなわばりを形成して繁殖し,種内では個体の生活空間を平面的に分割していたが,複数年連続でなわばりをもったオスは越冬鳥のみならず夏鳥でも毎年ほぼ同じ位置になわばりを形成する傾向があり,「一度繁殖した場所にくりかえしなわばりを形成する」という生息場所選択がはたらいている可能性がある.優占6種の生活空間は平面的には種間で重複していたが,垂直方向にはおおむね場所の使い分けがみられた.ただし,5月なかばの完全な雪解けとこれにともなうブナの開葉を境にその様相は大きく変化した.すなわち,残雪期のおそらくは餌条件のきびしい時期には各種は場所を使い分けて採餌していたが,ブナの開葉を境に全種がブナの葉で餌をとるようになる傾向がみられたのである.この変化はブナの開葉にともなう餌条件の改善を示唆するが,裏をかえせばブナが開葉する以前の餌条件のきびしい時期に鳥類群集の構造を決定している過程が存在することを示唆する.また,樹洞営巣種間で好適な巣穴をめぐる競争があることが示唆された.
|