日本国内、アメリカ、イギリス、フランスの各国について、歴史的土木構造物を保存・活用する際に必要となる修復・復元技術について、事例調査を実施した。また、それらを踏まえて、今後のわが国における近代土木遺産の文化財指定、ならびに、修復・復元を行う場合の考え方について私見をまとめた。 土木構造物は、石、煉瓦、コンクリート、鉄、木など耐久性、維持・管理の仕様の異なる各種の材料で構成されているだけでなく、それぞれの構造目的に沿って大きな外荷重を受け続けるという悪コンディションの中で放置されていることから、保存・活用のされ方は千差万別であり、できる限り多くの事例を集めることが必要とされる。本研究では、日本国内に関しては、平成3・4年度の科研費・一般研究(C)で実施した中部5県の近代土木遺産、平成5〜7年度の科研費・総合研究(A)で実施中の全国調査、建設省の歴史的・文化的土木遺産調査特別委員会による調査などを利用して、各種事例を収集した。また、アメリカではASCEの資料、イギリスではICEの資料に基づいて体系的にデータを補充した。資料の分析は、(1)社会的安全性、(2)構造安全性、(3)維持・管理性、(4)利便性といった土木的な視点と、(5)構造物の原物保存、(6)周辺景観の保全という歴史的・文化的視点の間でどのようなバランスをとっているか、という形で整理した。構造物の現物保存については、さらに、(a)材料、(b)形態、(c)技法に分け、それぞれが、((1)〜(6)と絡めて)どのように保持、もしくは、変更されたかを分析した。 特にわが国の場合には、土木構造物に歴史的価値を認めて活用保存されたケースには、文化財的な価値を喪失してしまうような修復・復元手段が採られた例が多い。そこで、国内の重要な失敗例については、何がどう間違っていたかについて詳しい分析を行った。これらの知見は、現在、文化庁の文化財保護部で検討されている近代土木構造物の指定・修復のあり方をめぐる論議の中でも活かされている。
|