研究概要 |
本研究は,魚油由来高度不飽和脂肪酸の一つであるドコサヘキサエン酸(DHA)の脳神経機能活性化機構の解明を目的とし,神経細胞のモデル細胞であるラット副腎髄質由来クロム親和性細胞腫PC12細胞を用いて,細胞膜レベル,細胞内情報伝達レベルおよび遺伝子発現レベルでのDNAの影響につき検討した。1.細胞膜レベルへの影響:(1)細胞膜総脂質中のDHA及びEPA含量の変化;各種濃度(20,50,100μM)のDHA添加により細胞膜総脂質中のDHA含量は濃度依存的に増加し,DHAが濃度依存的に細胞膜脂質に取り込まれていることがGLCにより確認された。一方,EPA含量の大きな変動は認められなかった。このことは,本細胞では,取り込まれたDHAがEPAにretroconversionされないことを示している。(2)細胞膜リン脂質中のDHA含量の変化;さらに,取り込まれたリン脂質の分子種分析を二次元TLC後のGLCにより検討した。その結果,ホスファチジルエタノールアミン(PE)やホスファチジルコリン(PC)に特に多くの取り込みがみられた。また,ホスファチジルセリン(PS),カルジオリピン(CL),スフィンゴミエリン(SM)およびホスファチジルイノシトール(PI)にも取り込みが検出された。(3)細胞膜流動性の変化;細胞膜リン脂質の脂肪酸組成と密接に関連していると考えられる細胞膜流動性をピレン蛍光法により測定した。その結果,DHAにより膜流動性の濃度依存的な上昇が観察された。これは細胞膜リン脂質へのDHA取り込みと連関した作用と考えられた。2.細胞内情報伝達レベルへの影響:(1)細胞内カルシウム(Ca)濃度の変動;Fura-2の誘導体であるFura PE 3を用いて,二波長蛍光分光光度計により細胞内Ca濃度の変動を測定した。その結果,DHA添加による濃度依存的な細胞内Ca濃度の上昇作用がみられた。この作用は,EGTAや各種Caチャンネル阻害剤の存在下でもみられたことより,細胞外Caには非依存的であることが判明した。更に,細胞内Ca貯蔵部位よりのCa動員でないこともTMB8などの阻害剤実験により判明した。以上より,DHAの細胞内Ca上昇作用は,Caポンプなどの汲み出し機構への阻害が予想された。(2)プロティンキナーゼC(PKC)活性の変動;PC12細胞より調製したPKC活性は,DHA添加により濃度依存的に上昇した。この上昇作用は,PSおよびCaの存在の有無にかかわらず観察された。3.遺伝子発現レベルへの影響:PC12細胞において,NGF(神経成長因子)により誘導される神経突起は,ニューロモジュリン(GAP 43)遺伝子の発現と相関することが既に判明している。そこで,DHA添加によるニューロモジュリンmRNA発現への影響をドットプロットおよびノーザンプロット法により検討した。その結果,濃度依存的なmRNA発現増強作用が認められた。これは,DHAによる形態学的な神経突起形成の観察結果と一致していた。 以上より,PC12細胞のDHA処理による細胞レベルでの生理的応答,すなわち細胞表面から細胞内遺伝子発現までの生化学的影響を検出した。これらの変化と脳神経機能活性化との関連については,更に解明すべき課題が多く残されているが,今後痴呆疾患発症予防への可能性も含めて,DHAの有用性の検討を進めて行く予定である。
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