ヒトT細胞白血病ウイルス(HTLV-I)は試験管内ではヒトT細胞をトランスフォームし生体内では成人T細胞白血病(ATL)をおこす。HTLV-IによるT細胞の腫瘍化にはHTLV-I taxが関与していると考えられている。しかし、HTLV-I感染細胞は末梢血内では一時的にウイルス抗原発現が抑制されている。このことは感染細胞が免疫監視機構から逃れて増殖する一因となっていると考えられる。本研究の目的は、このHTLV-I発現抑制機序を細胞学的、ウイルス学的に解析することである。 生体内HTLV-I感染細胞としてATL患者の末梢血単核球分画を用い、HTLV-Iゲノム及び抗原発現を調べた。この結果、末梢血から分離直後のHTLV-I発現は非常に低く、これが培養後誘導される症例と誘導されない症例があった。PCR法を用いた解析では分離直後と誘導後でのHTLV-I DNAレベルは不変であり、mRNA発現の増加が認められた。ATL患者以外に、HAM/TSP患者、HTLV-I感染に伴うぶどう膜炎患者、及び無症候HTLV-I感染者について、末梢血リンパ球におけるHTLV-I発現を調べたが、発現レベルに個体差はあるものの、培養前の発現抑制には疾患特異性はなく、感染者共通の現象であった。 細胞周期の解析では、培養前に比べ培養後にはG2/M期の割合が増加しており、抗原発現に伴って細胞周期の回転が亢進することが示唆された。更に患者血漿をこの系に加えると抗原発現が抑制され、非感染者血漿にも類似の抑制が認められたことから、血漿成分に抑制活性物質が含まれると考えられた。
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