研究概要 |
子宮内発育不全(IUGR)における中枢神経障害は,周産期・新生児医学の重要な課題である.IUGRは,種々の要因により発症するが,ヒトの不当軽量児(SGA児)のうち中枢神経障害を来たすことの多い在胎35週末満または出生体重が-2.55D未満のものの半数以上は母体の妊娠中毒症は原因である。そこで,本研究ではthromboxane A_2による子宮胎盤系の血流障害を利用したIUGRの疾患モデルラットを用い,以下の検討を行った. 妊娠20日の胎仔脳を用いて基本的な生化学的指標と糖代謝の基質および高エネルギーリン酸化合物を測定すると,IUGR胎仔では脳当りのタンパクとRNAの総量の減少がみられ蛋白合成の低下が示された.一方,前脳及び脳幹部の総DNA量はIUGR脳で有意に増加しており,何らかの細胞増殖機転の作用が示唆された.また,脳内のグリコーゲン,乳酸,ピルビン酸など糖代謝の基質の減少にもかかわらず,高エネルギーリン酸化合物により示されるエネルギー代謝状態は対照と差はなく,代償範囲内にあると考えられた.脳の基本的構築の発達時期に中毒症の病態の起始が求められるため,次に胎仔から新生仔期にかけて脳の組織変化の時間的経過を追い,以下の結果を得た.胎齡18日では皮質原基の一部に分化した細胞集団を,胎齡20日には大脳半球の断面積の有意な減少と,新皮質の神経上皮層の細胞群の局所的増殖と組織配列の乱れを認め,神経芽細胞の分化異常,遊走障害と考えられた.しかし,生後7日にはこの異所性の細胞集団は消失していた.この結果は,胎児期の脳組織の分化に時期に一致した胎盤血流の著しい低下は一過性に大脳皮質の構築異常をもたらす可能性を示唆する. 本研究によりIUGRにおける中枢神経系障害の機序に関わる基本的な問題が明らかになったので,今後さらに脳の発達障害という観点から分子生物学的に検討していきたい.
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