研究概要 |
前年度の研究により,低体温は海馬CA1一過性脳虚血後の神経細胞死を抑制することが明らかとなった.本年度は脳虚血後の即初期遺伝子産物およびストレス蛋白HSP70の発現に対する低体温の影響を検討し,低体温の神経細胞死抑制効果と併せて考察した.またこれらの遺伝子発現に関与する細胞内情報伝達系の脱燐酸化酵素の発現をmRNA,蛋白レベルで虚血負荷前後で検討した。 1.低体温のFos,Jun発現に対する影響 Fosは低温群と常温群で発現に有意差は認められなかったが,Junは常温群では海馬CA1での発現が減弱していたのに対して,低温群では発現が増強しており,細胞死の抑制とJunの発現の関与が推察された. 2.低体温のHSP70発現に対する影響 常温群では海馬CA3と歯状回にHSP70の発現を認めたが,低温群では発現が消失していた.さらにautoradiographyを用いて蛋白代謝を検討したところ,低温群では蛋白代謝が早期に回復しており,低体温のストレス蛋白発想消失のメカニズムは,翻訳レベルの障害ではなく,低体温自体がストレス反応を減弱し転写レベルでの発現が減弱しているためと考えられた. 3.虚血後の脱燐酸化酵素(PP)の発現 PPのsubtypeによる検討を行った.Northern blotでは虚血後のPP1α、PP1γの発現が増加していたが,PP1δ、PP2Aは不変であった.Western blotでは,虚血後PPの各subtypeの発現は不変,あるいは減少していた.これは虚血後の翻訳障害がmRNAと蛋白レベルでの発現解離に大きく影響しているためと考えられた. これらの実験により、低体温は虚血に対して遺伝子レベルでストレス反応自体を減弱する一方,神経細胞の生存に関わる即初期遺伝子Junの発現を増加させ細胞死を抑制すると考えられた.これらの遺伝子は細胞内情報伝達系により抑制されているが,この系のkey enzymeの一つである脱燐酸化酵素の発現に対する虚血の影響を初めて報告した.今後低体温の脱燐酸化酵素の発現に対する影響を検討する予定である.
|