7年度は実験生物学の成立に関して、実験生物種、実験手法の変遷や各時期での特徴を浮き彫りにする事例研究として、実験生物学者谷津直秀が取り組んだ発生学を取上げ分析した。すなわち、1920年代は実験発生学の有力雑誌であったドイツのRoux's Archiv.(1895年創刊)を、1950年代では日本発生生物学会のEmbryologia(1951年創刊)と、今日最も影響力を持つといわれる米国のDevelopmental Biology(1959年創刊)を選び、掲載論文の実験生物種や実験手法の部分をコンピュータに入力して国際比較及び雑誌の特徴を検討していった。1920年代のRoux's Archiv.ではシュペ-マンの形成体研究の全盛期で、実験生物種では両生類が圧倒的に多く、手法としては組織移植を用いたものが顕著だった。形成体研究で両生類以外の魚類、鳥類に対象が拡がるのは1930年代に入ってからであった。1950年代の研究として、Embryologiaの最初の5年間に掲載されたすべての論文を分析したところ、実験生物種ではウニが最も多く、魚類、両生類の順であった。手法としては移植実験や組織培養液の組成を変えて培養した結果を記載するというものが多かった。またDevel-opmental Biologyの第1巻6号分の掲載論文を分析すると、実験生物種は鳥類、両生類、哺乳類の順で、Embryologiaとはかなり異なっていた。また、実験手法としては移植手術が最多であったが、代謝物の測定や放射性同位元素をトレーサーに用いたものも見られた。このように分子生物学の黎明期には発生学でも実験生物種や実験手法が多様化していた。
|