研究概要 |
全国各地の藩政文書中に含まれる近世世界図の現存状況について調査を進めてきた結果,およそ50種類の世界図(外国地域図は除く)の現存を確認できた.江戸時代にわが国で作成された世界図は,(1)南蛮系世界図,(2)卵型世界図,(3)両半球型世界図.(4)方格型世界図に分類され,これらが時期的に第1期から第4期まで順を追って世界図の主流となって登場した.当然ながら第1期の南蛮系世界図はいずれも写図であって印刷されたものはなかった.第2期の卵型世界図以降は刊行図が出て,量産ができるようになり,現存図も増えてくるが,とくに幕末には対外関係の急迫によって世界地理への関心が高まり,また印刷技術の発達とも関係して各種の世界地図が多く出版されるようになった.近世世界図のうち,次のものはとくに残存が多くて目立っている. 咼蘭新訳地球全図 橋本宗吉 寛政8(1796) 新訂万国全図 高橋景保 文化7(1819) 新製輿地全図 箕作省吾 弘化元(1844) 重訂万国全図 山路諧孝 安政2(1855) 「咼蘭新訳地球全図」は司馬江漢の「地球全図」とともの両半球型世界図の嚆矢であり,それまでの卵型世界図とは著しく違った目新しい形の世界図であった.鎖国体制下,大地は平面であると考える多数が底辺を占めている時代にこの世界図は大地が球体であることを訴える鮮烈なものであったろう.「新訂万国全図」は装飾や余白表現を一切削除して,ただひたすら科学的で詳細な江戸時代最高レベルの世界図であり,その44年後の改訂版である「重訂万国全図」とともに,官撰図としての権威をもって大名諸家に多く所蔵されたのであろう.「新製輿地全図」は銅版で小版ながら精巧な図であり,巻物形式で手軽な点で諸家に求められ,世界を知る必要が強まった時代の要求を満たしたものと推測される。文庫別の現存状況では,松浦家文庫(平戸藩),鍋島文庫(佐賀藩),永青文庫(熊本藩)など西日本の有力大名諸藩の文書中に比較的多くの世界図が現存することが分かった.
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