研究概要 |
終戦直後の教科書事情を,在米史料に依拠しながら「墨ぬり」「暫定」そして「新編纂」の各段階ごとに集約した。そのことは,終戦から昭和22年3月までのこれまでの記述に,新しい視点と史料を付与したという意義をもっていた。 次に,学習指導要領の成立過程について,昭和21年6月から同年12月までの在米史料をもとに,「構想」「算数・数学科編の具体的な作業」そして「成立」までを明らかにした。特に,昭和22年5月に試案として提示された学習指導要領と,同年からの教科書の内容が整合性をもたずに編纂された経緯と理由を明らかにできたことは,これまでの先行研究の見直しの必要性を学会に提起している。 更に,昭和20年代における算数・数学教育の最大のテーマであった単元学習について,その萌芽が早くも昭和22年10月頃からのC.I.E.側の担当官とわが国の文部省事務官とのやりとりの中にみられることを指摘し,その原因がわが国の戦前の算数・数学教育の指導内容の程度の高さと,アメリカの水準の低さという相互の格差にあったことを述べた。 今後に残された課題として,昭和22年1月から3月までの史料の収集と,教科書と学習指導要領の整合性に関する議論を追い,とりあえず昭和22年4月の新教育制度の発足につなげたい。
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