研究概要 |
本研究では、リジン特異的セリンプロテアーゼであるAPIの基質特異性の改変に必要な情報を得る一環として、その基質特異性の発現機構の解析を行った。APIのリジン基質に対する特異性には、Asp225の負電荷が必須であり、さらに、S1-ポケットにおいてThr189およびSer214と基質リジン側鎖間で形成される水素結合はこの酵素の基質結合力に寄与していることが明らかになった。このような仕組みは、APIにおいて初めて見いだされたものであり、この酵素がリジン基質のみを識別、結合し、そのカルボニル側のペプチド結合を特異的に加水分解するための特別の機構と考えることができる。事実、トリプシンのS1-ポケットをAPI型に変えた変異体〔D (189) G,G (226) D〕はリジン親和性は増強されたが実用的な酵素活性を維持されなかった。また、トリプシンのアルギニン基質に対する酵素活性も低下していた。正負電荷間の相互作用は方向性を持たないので、本来であれば、Asp (226)がAsp225とよく似た位置に配置できれば、トリプシンはAPI型の酵素に改変できるはずである。しかし、トリプシン変異株〔D (189) G,G (226) D〕 (59)とAPI-TLCKとの立体構造と比較してみると、両者のSI-ポケットの負電荷(Asp225とAsp (226))の位置が異なっており、水素結合ネットワークにも違っている。トリプシン変異体では、APIのS1-ポケットに仕組まれている水素結合のネットワークが存在しない。APIの酵素活性においてAsp225の負電荷の位置的重要性が示唆されているので、この構造の違いがあると、APIのような高いリジン特異的な酵素活性は期待できない。すなわち、API独特のS1-ポケットは、基質リジンだけを認識して結合できるように厳密に組立てられており、一種類のアミノ酸に特異的に働くセリンプロテアーゼとして、基質特異性の機構をP1-S1サブサイトに集中させているように考えられる。
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