研究概要 |
本研究では,主として(rough:がらがらした声)とボイストレマ(voice tremor:ふるえのある声)の2種類の病的音声の基本周波数(以後、F_0と呼ぶ)のゆらぎに関して,音響物理的特徴と聴覚心理的印象の両方の観点より両者間の対応関係を明かにし,臨床検査に役立つ基礎資料を提供した。さらにその応用として,喉頭科医(耳鼻科の臨床医)のための聴覚印象トレーニング用の「聴取診断支援のためのシミュレータ」の開発や従来喉頭科医の主観評価に基づいていた音声診断とは代わる「病的音声の自動診断装置」の開発もした。以下にその実施概要を述べる。 まず,2種類の病的音声のF_0のゆらぎの特徴の差異に関して,F_0のゆらぎの時系列に対してパワースペクトルを計算し,その結果からF_0のゆらぎの音響物理的特徴を定量的に調べた。次に,ホルマント型音声合成器で音源にF_0のゆらぎを付加した合成音を作成してその合成音を聴取した。また,音源生成モデルには音響分析の結果,新たに"Slope Peak"モデルを提案し,これらのモデルを用いることにより,ラフとボイストレマのそれぞれの聴覚印象を明確に区別できる病的音声を再生可能にした。さらに,ボイストレマと聴覚印象が類似している正常音声であるビブラート(歌声)の両者のカテゴリにも新規に着目した。その理由は,歌声とボイストレマの両者の明確な区別の定義付も未だ不明であることによる。そこで,これらの点も考慮して合成音声を聴取し,ある程度両者のカテゴリの区別の定義付を試みた。その結果,音源のゆらぎの音響物理的刺激空間と病的音声の聴覚印象との間における一般性のある因果関係に関して新しい知見を得た。 これらの結果を踏まえ本研究の最終目的である,トレーニング用の「聴取診断支援のためのシミュレータ」と従来の音声診断に代わる「病的音声自動診断装置」の開発を行った。これらの装置を臨床検査の現場で,従来の喉頭科医が主観評価していた音声の評価の支援装置としての有効性を確認した。ただし,臨床の現場での実用性に関する実地検証は今後の課題である。
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