本年度は、門跡周辺の学僧研究を課題として設定した。決して豊かとはいえないものの、多少の成果を得ることができた。以下その概要について記すこととする。 まず、近世中期の天台教団(輪王寺門跡周辺)の様相を対象とする研究について。当時の天台教団から異端として糾弾・追放された乗因(1683-1739)の調査を目的に、彼の拠点であった長野県戸隠神社関係の史料調査を各地で行った。その結果、叡山文庫(滋賀県大津市)の所蔵史料のなかに、彼を批判する立場から乗因の著書『山王一実神道口授御相承秘記』に加筆を施した写本等、教団側の弾圧を伺わせる史料数点を新たに発見した。また、戸隠社現宮司松井氏より、同社旧臓史料の状況について説明を受ける機会を得た。乗因関係史料は、彼の死後幕府の命により大部分が焼却されたと伝えられている(『中社日記』)。さらに戸隠社は、明治の神仏分離時や昭和十七年の火災(社務所であった中社)により、多くの仏具などとともに文献・教義書を失っている。こうした災難をくぐりぬけ現在まで残った乗因の著書等は非常に少なく、既に『中社日記』ほかの焼失が確認されている。ところが思いがけなく、松井氏より『戸隠大権現鎮坐本紀』『修験一実霊宗神道密記』の二書については焼失前に謄写版が作成されていた旨ご教示をうけ、そのコピーを入手することができた。こうした新発見史料にもとづき、乗因像の見直しを図り、ひいては天台教団との相克の実態を明らかにするべく、論文を作成した。史料についても翻刻を予定している(謄写版二点については既に了承を得ている)。 次に真宗を対象とする研究については、本年度は研究史の整理等にとどまったが、今後の調査計画の見通しをたてつつある。本年度以降に実現を期したい。
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