本研究の目的は、精神遅滞児と仲間との相互交渉とそれへの教師の働きかけを分析することであった。対象児は、肢体不自由を併せもつ中度の精神遅滞児(10歳)であり、平成6年度より養護学校から地域の小学校の特殊学級に転校し、新しく仲間との相互交渉を始めた児童であった。著者は、月に1度から2度の割合で対象児の学校を訪問し(計13回)、特殊学級での様子や、休み時間の様子、交流先の学級での様子を観察した。「仲間の本児への働きかけ」は、毎回ビデオで撮影した20分間の休み時間(中休み)での本児と仲間との相互交渉の様子であった。その中から1学期と2学期を代表するものを分析の対象とした。また、担任の教師に本児の様子の記述と、教師自身の働きかけや留意点の記述を求めた。分析の結果、以下の点が明らかとなった。(1)仲間の働きかけは、1学期と比べて2学期では一方的な身体接触(くすぐりやなでる)が減少し(17.0%→2.0%)、話しかけ(20.2%→37.3%)やパラレルト-ク(本児の行為や気持ちの言語化)(5.3%→19.6%)の頻度が増加した。(2)教師のとらえた相互交渉の様子は、仲間が本児を1学期には特別扱いしていたものが、2学期には自然に子どもたち同士で会話するように変わっていった。(3)教師の働きかけは、1学期は対象児と仲間との間に入り、通訳したり、促したりする役割であったが、2学期では教師が入らなくても会話ができるようになり、教師はそれを見守るという役割であった。結果(1)は、相互交渉する中で仲間が対象児の気持ちを理解できるようになり、本児の視点からものを見るという視点の交換が出来るようになったと考察された。教師の働きかけは、直接的なものではなく、むしろ相互交渉を起こしやすい場面を設定する(例えば、対象児の学級のように特殊学級にパソコンを設置する)ことの重要性の観点から論じられた。
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