本研究のテーマの理論面については、上原専禄の大学論・学習論およびその他の主要な大学論・学習論・地域主体形成論に関する文献資料の分析を通して、地域住民の実際生活の問題解決につながる学習を求める要求に高等教育機関が応えるための理論は、1960年代初頭以来の上原理論を非常に大きな契機として形成されてきたことを明らかにした。その学習論における認識論では、学習主体がその生活問題認識・直観と生活経験に照らして認識を検証し、主体形成を進める筋道が重視されている。既存の科学の系統性・パラダイム自体に権威があり、これに認識を近づけるという筋道ではなく、何者にも権威づけられない、地域における住民の「私的経験」を基盤にして、「学習」というよりも研究を行うという認識形成の筋道が提起されていたことが解明された。 研究テーマの歴史面では、1978年以降香川大学大学教育開放センター(、生涯学習教育研究センター)が、多方面の内容から成る開放講座を実施するなかで「さぬきの自然と文化」「備讃瀬戸およびその周辺海域の環境と漁業」「中核的農村指導者講座」等の地域の自然、産業および文化をめぐる諸課題を学習内容に編成してきた。この場合住民の意向を推量して基本的には大学教員側が学習内容を編成する例が多い。一方、愛媛県の宇和海に面する遊子地域では、漁業協同組合が真珠とハマチの養殖を安定化させるため、漁場の水質調査を1960年代初頭から続けてきた。同地域では愛媛、香川両大学の研究者の協力を得て住民自らが海の汚染を予防するための研究と後継者養成のための「水産大学」を継続し、自然環境保護の実践と研究を重ねている。この事例は、実質上は大学開放的性格をもち、上原専禄の提起した「私的経験」を基盤にした生涯学習の典型例であり、今後の地域生涯学習のあり方に有力な一視点を提供していることが明らかとなった。
|