『魚魯愚鈔』の諸本は大学など数箇所に伝来するが、大きく尊経閣本(巻子本)と内閣文庫本(東山御文庫本・教部省旧蔵本)・京都文化博物館本に代表される二本の系統にわけられる。今回調査した数種の写本はいずれも尊経閣本と同系統の写本であり、管見の限り内閣文庫本の系統に属するものを実見できなかった。内閣文庫本は尊経閣本よりも原本の形を残すものと思われ、これにより内閣文庫本の史料的価値がさらに高まったといえる。次いで尊経閣本(巻子本)は洞院実守筆といわれてきたが、これは実守筆写本の系統に属する一本と解すべきであろう。編者の問題については公賢説が有力ながら、『魚魯愚鈔』には「公賢私註」という記載が頻出し、表記の仕方を勘案すると公賢説には疑問が生じる。公賢がその編纂に関わっていたことは疑いないとしても、現行本『魚魯愚鈔』は、公賢の作成した原本に後世某が加筆し再編成したものとした方が妥当と考えられる。また「公賢勘物(私註)」の内容は公賢の儀式観をみるうえで興味深いが、これを素材にして、儀式作法に対する解釈の変化の過程を考え、貴族会社を構成する「家」の実態を解明する試みの重要性を再認識せざるを得ない。さて諸本の調査とともに本年度次の2点の作業を行った。(1)教部省旧蔵本の巻ごとの項目およびその項目が含まれる『史料拾遺』(尊経閣本が底本)の頁数を示した一覧表を作り、両系統の諸本を比較検討する資とした。(2)『魚魯愚鈔』所引典籍の名称をカードにとり、閑院流諸家の儀式書の目録を作成する準備を進めた。いずれにせよ諸本の調査により、冒頭の四本は『魚魯愚鈔』諸本の系統を考える際の中心的存在となることがさらに明確になるとともに、今後料紙や紙継の体裁といった書誌学的検討を継続していく必要性を痛感する。この基礎的な研究成果をふまえ将来『魚魯愚鈔』の最良の翻刻を期したい。
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