メソポタミアの銅石器時代は、続く青銅器時代に開花した古代文明の基礎が作られつつあった時期である。そのプロセスの研究は、従来、独特な彩文土器や大形建築物、特異な墓制の分析を中心に進められてきたが、一方、当時の日常利器であった石の道具は注目されてこなかった。そこで石器群の分析によって新たな視点が提示できないかと考え、本研究を計画した。分析対象としたのはイラク、サラサート遺跡出土の1万点を超える石器である。14層におよぶ層位的資料を定量的に解析し、年代的変化を追跡した。 判明した最重要な成果は、鎌およびその刃の形状変化である。銅石器時代前半には剥片素材鎌刃の段状装着鎌が主体であったが、後半期にいたって精巧な石刃素材鎌刃の連続装着鎌へと移行していたことがわかった。一般に石刃は剥片に比べて使用に便利だが、製作にはコストがかかる。すなわち、石材選別や技術の習得、さらには作業そのものに手がかかる。にもかかわらず、石刃鎌の製作へと移行したのは、そのようなコストをまかなえるだけの分業や労働時間配分システムが確立した、つまり、続く複雑な文明社会を特徴づける社会体制が整ってきたからではないかと考えられた。また、需要と供給に基づく集団関係が整備されねば得られないはずの輸入石材である黒曜石の利用が、ほぼ同じ時期に増加していることも明らかになった。しかも、サラサート分析による限り、その移行は連続的かつ急速に生じたことが示唆された。これらは原始社会が文明化する過程を考察するのに重要なデータであると確信する。
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