本年度の研究において得られた知見のうち、主要なものは次のとおり。 1 題詞・左注に関する本文批判;漢文体で書かれた万葉集末四巻の題詞・左注のうち、巻十九終末部の題詞を欠く注記が連続する4224〜5、4227〜30番歌の部分について本文校訂と分析を試みた結果、以下の(1)〜(3)が知られるに至った。 (1)「右某首歌者〜」という型の注記は、いずれも記載にあたって家持が関与し、後時歌稿を編集する段階で作歌事情の異なる歌同士を内容的な関連によって結びつけるために施されたと推定される。(2)「同月某日」という日付の注記においても(1)と同様の機能を有している。(3)題詞を欠く注記の連続は、編集上の不備ではなく、作歌時点における各歌の意味を温存しつつ歌群としてのまとまりを作り、そこからさらに新たなニュアンスを引き出そうとする、家持独特の編集の手法と認められる。 2 各歌の本文解釈;1でとりあげた部分を含む4222〜5、4226〜30の各歌について本文校訂を行い、それぞれの表現について精細な分析を試みた結果、歌群意識に関して以下の(1)(2)の知見が得られた。 (1)4222〜5の四首は、都との違いを念頭におきながら越中の秋の情景を点綴した歌群として位置付けられ、場所に関する注記をあえて捨象することにより、時の流れや越中と都を大掴みにした対比の構図をより強く印象付けている。(2)4226〜30の五首は、天平勝宝二年十二月から三年正月にかけての「雪日作歌」を集めたものだが、そこには正月の雪を待望してやまぬ家持の意識が窺え、ここでも都との違いを意識しつつ越中における人と雪とのかかわり方を鮮明に打ち出そうとしている。
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