本研究は、当初の予定どおり、アメリカ南部を中心に分布したと考えられる口承文化を収集し、内容を検討した結果、黒人・プアホワイトなどの伝承文化に行き着いた。口頭でやりとりされる物語、歌詞などの類型は、その内容に関しては、フォークナ-により、独自の物語効果を高める手法で、短編・長編を問わず巧妙に語りの中に取り込まれている事実が検証された。しかし、フォークナ-研究において近年特に指摘されている「女性の声」の異常な程の少なさ、即ち物語の生成の過程において、何故作家が口承文化の主役であったはずの「女性の声」を閉め出したのか、という問題には十分な検討が加えられてこなかった。これまでのフェミニスト理論の主流から考えると、「白人男性作家による差別と偏見」故に、女性登場人物はその「声」を奪われ、不当に虐げられている、フォークナ-においては、それが顕著であるとみなされている。 しかし、フォークナ-を取り巻いていた豊かな口承文化の主要な担い手が女性であったことを鑑みれば、「差別」「蔑視」の感情のみで、作家が女性の声を彼の主要な小説から排除したとは考えにくい。これを裏付けるかのように、ヴァージニア大学オールダマン図書館に所蔵されているフォークナ-の戯曲のタイプスクリプトの断片は女性登場人物の台詞によって成立している。この未発表の原稿は版権の制限により日本では入手できず、本研究において、この原稿に言及する最終的な結論に至ることは出来ないが、物語の生成過程においてフォークナ-が女性の声を排除せざるを得なかった事実が、皮肉なことに、豊饒な口承伝承が主として女性によって栄えた点にあるというパラドキシカルな仮説を本研究の到達点として論文化する。
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