本研究はまず、文体論関係の図書目録を基にして、特に1980年代以降、英国において急速な進歩を遂げた教育的文体論に関する文献の収集、分類から始まった。それらの文献を通続して気がついたことは、英文学作品の文体分析を英語・英文学教育に応用する教育的文体論の隆盛が「コモンウェルス文学」の台頭による英文学のアイデンティティの危機、あるいはそれを乗り越えようとする英国の文化戦略と大いに関係があるということであった。すなわち、英国が提示した新しい文体論は、純粋に学問的な理論であると同時に、かつての正統的な英文学を、コモンウェルスを含めた英語圏で作り出される「英語文学」という理念の頂点に据え、それをさらに英語の世界的な需要で支えようとする、言わば文化的自己保全を目的とした英語帝国主義の戦略という意味合いを持っている。したがって、この理論を無批判的に需要することは、英語圏における英語文学研究を頂点とし、非英語圏における英語教育を底辺とするヒエラルキーの中に自らを位置づけ、英語帝国主義を助長する危険性を孕んでいる。このような事態に到らないための警告として、筆者はまず、裏面に記載した研究論文「ベ-オウルフからヴァージニア・ウルフまで?」において教育的文体論と英語帝国主義との関連を論じ、「英語帝国主義は怖い/怖くない」において英語支配を打破するための方策を提示した。今後の課題は、そのような英語帝国主義の理念を払拭した、純粋に学理的な文体理論を構築することである。
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