研究概要 |
クリストファー・マ-ロウ作『フォースタス博士の悲劇』は、ファウスト伝説に基づくように、一見すると、無限の快楽や永遠の時間を求めて悪魔に魂を売り渡した結果、地獄堕ちをする主人公を描いたようにみえる。 だが、クリストファー・リックスも指摘しているように、主人公フォースタス博士は、実は永遠の時間ではなく、24年間という限られた時間と引き替えに悪魔と契約を交わしたにすぎない。実際、主人公が24年間という区切りのある時間を買うことによって境界のある安全カプセルを手に入れようとする主人公の行為とその破錠こそがこの作品のテーマであると考えられる。 24年という限られた時間が経過し、フォースタスが魂を売り渡した結果得た「安全カプセル」は「溶解」し始める(実際作中には、‘resolve',‘dissolve'といった「溶解」に関する単語が頻出する)。そしてその後彼は「己れの内にある永遠の地獄」に苛まれることになる。魔術的な力を得て万能になるのではなく、むしろ限界や壁を思い知るきっかけとなる装置として魔術が使われているというパラドックスがこの芝居の根底にある。本論は、そうしたパラドックスがネオプラトニズム的な知識の拡大とそれへの反動、特殊な時間と無時間の相剋、壮大な悲劇としての側面と矮小な茶番としての側面の混淆など様々なレベルでの葛藤や相剋と結びついてこの芝居の推進力となっていることを検証しようとしたものである。
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