1801年に出版されたマライア・エッジワ-スの『ベリンダ』は、複数の書評において酷評されるという不幸な運命をたどった。前作の『ラックレント城』が好評だっただけに、エッジワ-スにとっても予想外の反応であり、悩みの種となった。エッジワ-スは、その後何度か改訂を行ったが、納得できるものができず結局匙を投げてしまった。 当時の書評で『ベリンダ』が不評であったのは、主人公であるベリンダが、主人公としての魅力に欠けるというまさに文学的な理由からであった。しかし、実際に改訂作業の中心になったのは、黒人(非-白人)男性と白人女性の結婚という、当時のイデオロギーには容認され得ない部分であった。人種差別という政治的・民族的問題が人物描写という文学的な問題にすり替えられたのである。 さらに、ベリンダを取りまく他の登場人物に注目すれば、表面的にはベリンダの結婚を中心に展開し、'domestic novel'の系譜に属すると考えられるこの作品が、メアリ-・ウオルストンクラフトに代表されるラディカルフェミニズムに対して、いかなる態度を取るべきかというエッジワ-スの葛藤と抑圧的な父権性社会への痛烈な批判を描いたものであるということが明らかになる。エッジワ-スが、ベリンダを修正できなかった(しなかった)というところに、個人の願望充足行為としての文学創作とそれに介入してくるイデオロギーの対立関係が見えるのである。
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