本研究は次の二つの目標のもとで行われた。一つは心理言語学的にみて興味深い幼児の言い誤りの発話例をデータベース化するための形式を整えること。もう一つは幼児発話にみられる「カダラ(←体)」のような音位転倒が生じるメカニズムの解明に迫るということであった。 前者については大嶋百合子マギル大学(カナダ)教授らとともにJCHATと呼ばれる心理言語学データベースの整備を行い、その成果は今春マニュアルの形でマギル大学から出版される。また、来年度は著作(共同執筆)の形で出版される予定であり、ほぼ目標は達成されたといえる。 後者については、音位転倒を言語学的に分析した結果、隣接する、同じ母音を持つ音節間で生じるという、環境的な要因は明らかになったが、交換される音そのものの性質に関するアプローチは難しいことが判明した。そこで、九州工大の村田忠男教授の研究室にあるSound ScopeII(高性能音声分析装置)を利用して、幼児にとって言いにくかった二音の連続を成人が調音する際にどんな特徴が現れるかの実験音声学的アプローチを試みた。その結果、二音連続において、調音に長い時間のかかる音が短い音にとって代わられることが確認された。例えば、「カダラ」では「だら」の「だ」の方が「らだ」の「ら」より、同じリズムで発話しようとしても継続時間が短いことになる。このように、二音にまたがる調音容易性の計測はこれまで行われたことがなく、音韻論においては音節内の子音配列に関する階層性の課題、心理言語学においては発話モデルの音韻部門の解明に関する課題に興味深い示唆が得られるものと期待される。 その成果の一部は、6年度は日本認知科学会と研究紀要に発表された。また、7年度は日本言語学会口頭発表(投稿中)、機関誌『言語研究』への投稿(準備中)等で公にされる予定である。
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