ホメロスの作品においては「出来事の全体を視野に入れつつその一部分を語る」という原理が認められる。『アエネイス』においても同様の詩作原理が見出せる。ウェルギルウスの独自の視点とは、読者の生きる時代の出来事を詩の中で「未来」の出来事として予言する点にある。詩人は神話上の出来事とされるアエネアスの体験と読者の体験とを分かち難く結び付けている。他方では、アエネアスの経験と神話上の出来事を歴史的前後関係をもつものとして結びつけている。詩人の意図は、読者も含めた「すべて」の人間の過去から未来の出来事を物語ることにある。ユピテルの約束する際限のない支配権とは、アウグストゥスの治世以降においても継承されるべきものであった。作品の冒頭で「私は一人の英雄と戦争について歌う」と言われるが、この詩は主人公の限られた経験を描くにとどまらず、人間の歴史の全体を語ろうと試みるものであった。
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