本年度の研究は、まず(1)ヨーロッパ人権裁判所が条約の解釈・適用を通じて条約上の人権に対して付与している具体的内容、さらにこの具体的内容と各締約国の人権内容との相互関係について考察した。さらに、(2)本年(1994年)は、同条約第11議定書(現行の委員会及び裁判所を統合し、単一の常設ヨーロッパ人権裁判所を設置)の調印を受けて、この機構改革が、同条約機構の人権保障に及ぼす影響、各締約国の国内法制度(特に国内裁判所)に及ぼす影響、ひいては人権概念の構築に及ぼす影響の検討にも着手した。実際上、条約上の人権概念と各締約国の人権概念との衝突・調整・融和を図る場は、委員会及び裁判所であっただけに、この機構改革は重要な意味をもつからである。 (1)の点に関しては、ヨーロッパ人権裁判所公式判例集、同判例に関する各種の注釈書、そして各締約国内の憲法や人権に関する代表的テキストや資料の収集・検討を通じて、ヨーロッパ人権条約判例の強い影響力と統一性・体系性の構築を検証することができた(二元主義をとるイギリスでさえ、上記テキストの中に条約及び同判例の引用が散見できる)。全般的には、刑事手続の分野での条約の拘束力がより強く、相当数の国が条約及び同判例に合わせた法改正および行政慣行の変更を行っている。他方、表現の自由やプライバシーの権利などについても、単純に国家の裁量を広く認めるのではなく、各制約目的ごとに限定づける手法がうかがえる(現在、より綿密な検証の結果をまとめつつあるが、とりあえずその概要として、明治大学短期大学紀要55号1-38頁参照)。こうした傾向は、ヨーロッパ・レベルでの人権概念・人権保障という方向性をより促進するものと言える。そして(2)に関する検討によって、この方向性は機構改革によって制度的に裏付けられることができると言える(後述11.研究発表参照)。
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