近年展開されているマリアヴァン解析に基づく抽象ウィナー空間B上の確率微分幾何学のB観点からすると、Bを決定する再生核ヒルベルト空間HはBの接空間と見なされる。Bが複素抽象ウィナー空間のときにはH上に自然に概複素構造、すなわち、2乗すると-1となるH上の等距離変換Jが誘導される。有限次元多様体上のニューランダ=ニーレンバーグの定理に鑑み、上の逆が成り立つか、すなわち、上の性質をもつ等距離変換Jが与えられたときにそれがB上の複素構造を定めるかどうかは自然な疑問である。本研究において、この問いに測度論的な観点から肯定的に答えることに成功した。また、この概複素構造から複素構造が従うことを用いて、複素抽象ウィナー空間上の正則関数についての研究を概複素構造をもつ抽象ウィナー空間上の正則関数の研究に拡張した。特に、Bの開集合上の正則関数の測度零の集合であるHへの制限(スケルトン)がルベ-グ密度関数を用いて測度論的に可能であること、さらにそのスケルトンが正則関数を一意的に決定していることを見た。これらの結果は、論文にまとめ現在投稿中である。 この研究の実施期間中に、マリアヴァン解析の創始者であるポール・マリアヴァン教授が京都大学を3カ月訪問された。この研究の研究旅費を利用して、教授と数回の研究討論をする機会を得た。同教授との討論を通じて、一般の概複素構造を持たない抽象ウィナー空間を複素化する手法を考案し、その手法で複素化された空間の丁度半分の次元を持つ部分多様体の存在を得た。従来のマリアヴァン解析で取り扱われていた部分多様体は余次元有限のものだけであるから、この余次元無限大の部分多様体は非常に興味深い研究対象である。この部分多様体上での確率解析については現在研究中である。
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