カオス力学系は非線形系の大半を占め、その研究は応用面においても重要だが、解析的にこれを行なうことは一般には困難である。本研究では密度分布関数のレベルでいくつかのカオス力学系のふるまいを解析的かつ厳密に調べ、以下の結果を得た。1)保存的な決定論的拡散モデルにおける非平衡定常状態の研究:多重パイこね変換と呼ばれる保存的な決定論的拡散モデルにおいて、指数的濃度分布を持つ定常状態、一様な濃度勾配を持ちFick則に従う定常状態および一様な濃度勾配を持ち反Fick則に従う定常状態を特異不変測度を用いて構成した。そして有限の大きさを持つ多重パイこね変換で、両端での境界条件をLebesgue測度に固定して分布の時間発展を調べることにより、Fickの法則に従う状態が自然に現われることが分かった。この結果は力学の可逆性と熱力学の不可逆性の関係を明らかにする上で重要な情報を提供するものと期待され、原理的意義は非常に大きい。2)多重パイこね変換におけるFrobenius-Perron演算子のスペクトルの研究:多重パイこね変換において異なる不変測度に対応するFrobenius-Perron演算子の固有値問題の厳密解を求め、不変測度に応じ異なる拡散過程が実現されることを示し、Hilbert空間上ユニタリーなFrobenius-Perron演算子が拡散に対応するような減衰型の固有値固有関数を持ち得る数学的理由を明らかにした。3)Pitchfork分岐を示す系密度分布の発展演算子のスペクトルの研究:分布関数の時間発展を記述する演算子が、分岐前には安定固定点の吸引率に関係した離散的固有値を、分岐点ではcritical slowingに関係した連続固有値を、分岐後には安定固定点の吸引率と不安定固定点の反発率に関係した離散的固有値を持つことを示し、分岐がスペクトルの変化として捉えられることを明らかにした。
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