魚類の未受精卵中には多くのホルモンが含まれていることが明らかになってきている。本研究所はホルモンの卵細胞への取り込みの機構を明らかにすることを目的とした。卵黄蓄積を行っている時期のテラピア(Oreochromismossambicus)の雌より卵巣を摘出し、個々の卵濾胞に分離し、L-15培養液中で25℃で培養する。この培養液中に放射性同位元素で標識したホルモンその他の物質を加え、取り込まれたホルモンの量を測定した。 ホルモンを用いた実験に先立ち、ポリエチレングリコール(PEG)の卵細胞への取り込みを調べた結果、時間に比例した濃度依存的な卵細胞への蓄積がみられた。また、卵濾胞をPEGを含まない培養液に移すと、いったん卵細胞中に取り込まれたPEGのうち90%以上が培養液へと移動していった。このことから、新魚の体液中に含まれる物質は、特異的な取り込みの機構がなくとも、膜を介した拡散だけでも卵細胞中へと移動しうると考えられる。インスリンは、細胞機能の維持や個体発生に極めて重要なペプチドホルモンの一種である。しかしテラピアではインスリンは精製されていないため、ブタのインスリンを用いた。インスリンの卵細胞への取り込み速度はPEGの約10倍であった。また、取り込み速度は、培養液中のインスリン濃度に比例して増加し、非特異的な輸送であると考えられた。 既に調べてあったステロイドホルモンのコルチゾルの場合も、これらの2種の物質と同様に非特異的に取り込まれていたことを考えると、魚類の未受精卵中にみられるホルモンは、母親魚の体液中から単に濃度勾配に従って卵細胞中に移動したものではないだろうか。ホルモンの卵細胞への取り込み自身には生物学的に興味のある現象は、残念ながら出てこなかったが、逆に、本研究の結果は、母親魚の体液中の物質全てが、体液中の濃度に比例して魚類の未受精卵中に含まれていることを示唆した。
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