単板網を除く軟体動物の現生の全ての網について、ミトコンドリアDNA(mtDNA)の精製とクローニングを試みた。その結果、多板網ヒザラガイ、腹足網原始腹足類メガイアワビ、有肺類ツクシマイマイ、頭足網コウイカについては、mtDNA全ゲノムをクローン化し、その遺伝子配置を明らかにすることができた。本研究により決定された遺伝子配置を既に報告された二枚貝網のMytilus、多板網のKatharinaと比較したところ、2種の多板類とメガイアワビを除く全ての種類は、同じ軟体動物門でありながら、遺伝子配置が全て異なっており、しかも、いずれの配置も他の真体腔動物の配置とは著しく異なっていることが分かった。また、メガイアワビとツクシマイマイは共に腹足網に属し系統学的に極めて近縁であるにも関わらず、遺伝子配置は全く異なっていた。一方、多板類とメガイアワビは異なる亜門に属し、系統学的に遠い関係にありながら、その遺伝子配置は完全に一致していた。しかも、その遺伝子配置は他の真体腔動物群、特に節足動物の配置に極めてよく似ていることから分かった。この結果は、多板類とメガイアワビに共通する遺伝子配置こそが、軟体動物のmtDNA遺伝子配置の原型であり、他の軟体動物に見られる特殊な配置は、その原型から変化した派生的な配置であることを示している。しかも、腹足網の中で遺伝子配置の多様性が見られ、メガイアワビのように原始的な配置をそのまま残している種が存在する一方で、マイマイのように著しく特殊化した配置を示す種があるという観察結果から、各網が分岐した後に、各網で中で独立に遺伝子配置が変化したと考えられる。従って、mtDNAの遺伝子配置は各網ごとに独立の進化を遂げているため、各網の間の系統関係を解析するマーカーとしては残念ながら、使えないと考えられる。しかし、遺伝子配置の変化は、各網の中の上位分類群の系統解析をする極めて有効な分子マーカーになると期待される。
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