研究概要 |
形態形成や老化の過程で観察される細胞死の中には,プログラム細胞死あるいはapoptosisと呼ばれる細胞死機構が存在することが知られている。apoptosisにおいては,細胞死を目的とした新しい遺伝子発現やシグナル伝達の活性化が生じることが明らかにされている。これまでに、apoptosisが生じる組織から,apoptosis時に誘導される遺伝子がいくつか単離同定されているが,組織特異性を越えて,apoptosis一般に要求される最初期遺伝子は,今のところまだ同定されていない。卵巣の黄体組織は,性周期の回帰に伴い,生理的条件下で発生と消失が繰り返し観察される組織である。報告者は,ラット黄体の形態的退行の機序にapoptosisが関与していること,さらに,下垂体ホルモンであるプロラクチンが退行黄体のapoptosisを誘導していることを見い出した。ラット黄体については,4日間の性周期の回帰ごとに黄体形成とapoptosisが観察されるため,容易に取り扱える研究材料であり,ラット黄体組織はapoptosisの格好の研究対象であると考えられる。報告者はさらに,2種類のcDNA poolの片方に特異的なcDNAをdifferential hybrydizationにより抽出する,cDNAサブトラクション法を用いて,プロラクチン誘導型apoptosis特異的なcDNAクローンを23種類単離することに成功した。さらに,黄体のapoptosisにおいてのみ発現する遺伝子を排除し,apoptosisに一般的に必要とされる遺伝子をスクリーニングする目的で,黄体mRNAに加えて,apoptosisを誘導した前立腺由来のmRNAも用いてノーザンブロットによるスクリーニングを行い,最終的に9種類のクローンを得ることができた。これらの遺伝子の塩基配列を一部同定したところ,1クローンは既知遺伝子であるミトコンドリアATPaseをコードしており,また2クローンは,亜鉛結合蛋白質および形質転換成長因子βと一部相同な配列を含む未報告遺伝子であり,その他の6クローンは既知遺伝子に相同な配列を持たない未報告遺伝子であることが明かとなっている。報告者がクローニングした遺伝子が相同性を示した,ミトコンドリアATPase・亜鉛結合蛋白質・形質転換成長因子βは,黄体特異的ではなく,広く一般の組織で発現している遺伝子であり,本研究で用いたストラテジーにより,組織特異性を越えた,apoptosis一般に要求される遺伝子が単離されている可能性が高いと考えられる。亜鉛結合蛋白質はスーパーオキサイドによる細胞死機構に関与するとされ,また,形質転換成長因子βは細胞死を誘導するパラクリン因子とされているが,この2つの因子そのものは全ての組織で同様の機能を持つとはされていない。しかし、本研究では,黄体と前立腺という全く異なった組織で細胞死の際に共通に発現する遺伝子として,亜鉛結合蛋白質と形質転換成長因子βに相同性を持つ新規遺伝子を単離することができたのであり,これらの新規遺伝子が組織特異性を越えて細胞死を制御する因子となる可能性も考えられる。
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