肥満細胞は生体内に広く分布し、アレルギー疾患や寄生虫疾患などに重要な役割を果たしていると考えられている。肥満細胞には粘膜型(MMC)と結合組織型(CTMC)が存在し、特にMMCはアレルギー疾患や寄生虫疾患に伴って気管支粘膜や腸管粘膜に多数出現する。MMCもCTMCも胞体顆粒内にヘパリンやコンドロイチン硫酸と共にケミカルメディエーターの一つとしてセリンプロテアーゼ群(MCP)を持っており、脱顆粒プロセスや脱顆粒後の炎症像に深く関与していると考えられている。しかし、我々や他者のこれまでの研究から、MCP群の発現は動物種(ヒト、ラット、マウス、スナネズミなど)によって、またMMCとCTMCとで異なっていることが明らかにされた。特に我々の研究により、スナネズミにおけるMCP群の発現は、ヒトやラット、マウスとまったく逆の分布をしていることが明らかになっている。これら肥満細胞の多様性がどのような生物学的意義をもつのか現在でも不明である。我々は、この肥満細胞の多様性はMCP群とMCP群に対するインヒビター(MCPI)の発現量のバランスによって決定されるのではないかと考え、種々の動物のMCP群とMCPIをクローニングし、そのmRNA発現量と実際の蛋白量及び酵素活性を比較検討しようと考えた。これら一連の研究の中で、最近、ラット腹腔肥満細胞から精製されたMCPIであるトリプスタチン(TS)が血清プロテアーゼインヒビター(PI)であるインターアルファートリプシンインヒビター軽鎖(ITI-LC)であることがわかった。しかも肥満細胞ではTS/ITI-LCのmRNAMは検出できず、肥満細胞はこれを血液中から取り込んでいることが示唆された。また、種々の動物のTS/ITI-LC cDNAをシークエンスしたところ、活性中心付近に動物種によって非常に異なる領域があることがわかった。この事は、TS/ITI-LCの標的酵素であるMCP群に対する抑制活性が、動物種によって異なる可能性を示唆している。ITIはいわゆる急性期反応蛋白として、炎症などに伴って血清中の濃度が上昇することが報告されているが、その反応性も動物種によって非常に異なっている。したがって、肥満細胞の関与する種々の病態(特にアレルギー疾患や寄生虫疾患)でのMCP群と血清中のITIバランスを検討することは、これらの病態の病因を探る手がかりになると考えられる。
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