研究概要 |
1.マウス自然発生乳癌の文化と浸潤・転移 今回の研究では、先ず、マウス自然発生乳癌の浸潤・転移を細胞分化の観点から検討した。正常乳腺の基底膜は乳腺の外側に位置する筋上皮細胞に由来し、ヒト浸潤性乳癌の多くは筋上皮細胞・基底膜ともに消失することが知られている。しかし、マウス乳癌は基本的に癌胞巣の辺縁部に筋上皮系の性質をもった癌細胞を保有し、この細胞が積極的に基底膜形成に関わっていることが今回の免疫電顕による観察から明らかとなった。このような筋上皮と基底膜を示標とする癌の分化や極性は浸潤先端部では著しく消失していたのに対し、血管内侵入に始まる血行性転移の過程では極性の喪失は見られず、血管内の腫瘍塞栓子や肺転移結節にも筋上皮・基底膜が保持されていた。これらの結果は能動的な浸潤性を要しない癌の血行性転移機構が存在する可能性を示唆している。 2.マウス乳癌細胞株の樹立とその性状 マウス自然発生乳癌から基底膜形成能の異なる2種の培養細胞株(MCH66,MCH416)およびそのクローン細胞株を樹立した。in vitroでは両者の細胞は単層に増殖し、その形態や増殖率は類似していたが、in vivoにおいてはMCH66が癌胞巣の周囲に明瞭な基底膜を保有していたのに対し、MCH416の基底膜の保有性は低く、しばしば断裂していた。細胞を同系マウスの尾静脈内に注入した場合の人工的転移形成は両者とも肺に同程度に認められた。一方、細胞を腹壁皮下に注入した場合、MCH66、MCH416の肺への血行性転移はいずれも約40%と極だった差異はなかったが、周囲組織への浸潤性やリンパ行性転移に大きな差が認められた。すなわち、MCH66は周囲組織への浸潤性がきわめて乏しく、リンパ節への転移を全く認めなかったのに対し、MCH416は浸潤性が高く、ときに癌細胞は腹壁を越え腹膜(25%)や卵巣(8%)への播種や腋下リンパ節(33%)への転移も認められた。これらのことは癌細胞の基底喪失と癌の浸潤性やリンパ行性転移との密接な関わりを示す一方、基底膜の喪失や癌細胞の浸潤性とは異なる血行性転移機構の存在を支持している。
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