チフス菌のVi抗原はこの菌の重要な病原因子として広く知られてきたが、その発現に影響を与える環境因子について殆ど知られていなかった。我々は種々の培養条件下でVi抗原産生について解析した結果、嫌気条件下でVi抗原の産生が促進されることを明かにした。この発現調節機構を解析するため相同性組み換えを利用してチフス菌の染色体上のVi多糖生合成遺伝子vipAにレポタ-遺伝子(CAT)を挿入した変異株を作製した。この変異株をもちい培養条件の違いによるVi遺伝子の転写量を比較した結果、好気培養に比べ嫌気培養では3倍以上Vi遺伝子の転写量が増加することがわかった。またVi多糖の産生に必要な10の遺伝子群はオペロン構造を持つことから、このオペロン上流の調節領域が培養条件による発現調節に重要な役割を果たしていると考えられた。 このオペロンの先頭に位置するvipR遺伝子を破壊した株ではこのオペロン全体の転写が100倍以上低下したが、vipRの再導入により転写量が回復した。vipRの推定アミノ酸配列からこの遺伝子産物は21000の塩基性蛋白であり、C末端にヘリックス-ターン-ヘリックスの構造をもつ。vipRを大腸菌で大量に発現させ、粗抽出液を使いゲルシフトアッセイによるDNA結合実験をおこなった結果、vipR産物はオペロン上流の調節領域に結合することがわかった。vipRはこのオペロン内にコードされているが、vipR産物によりこのオペロンが正に発現制御されていることが明かとなった。vipR産物を大量に発現させたチフス菌では培養条件に拘わらずViを多量に産生したことから、vipR産物が嫌気条件でのVi抗原産生に関与している可能性が示唆された。
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