この研究内容は東京都監察医務院の剖検資料に基づき、1)虚血性心疾患ならびに青壮年突然死症候群(いわゆる"ポックリ病)、2)乳幼児突然死症候群(SIDS)を含む乳幼児急死例、における熱ショック蛋白質の一種、ユビキチン(Ub)について、特に前者では心筋核、後者では肝細胞核に対するUb発現に関する免疫組織化学的検討である。なお1)の対照として、札幌医大司法解剖例の心臓標本を用いた。その結果、1)ではポックリ病29例中11例、虚血性心疾患24例中5例の心筋核に強い陽性所見がみられ、更に散在性ながら1割以上の心筋核に陽性所見を示した例を含めるとそれぞれ15例、12例となった。しかし一方で焼死例を除く司法解剖22例の中にも8例の陽性例が含まれていた。また2)では大部分のSIDS例で発見体位に関係なく肝細胞核が陽性を示した。 Ubそのものが正常な細胞機能維持に重要な働きをしており、特に細胞代謝が活発な乳児はもともと多くのUbを有している可能性がある。しかし1)では各群とも半数以上の症例がUb陰性かせいぜいごく少数の細胞核のみ陽性であったことをふまえれば、成人の場合、状況的には同じようにみえても、核へのUbの誘導の差、すなわち細胞レベルでのストレスに対する反応は異なるのであろう。ただ、虚血性心疾患群での陰性例の多さから、このストレスが単純に虚血に基づくものである、とまでは判断できなかった。少なくともUbの染色性から、死因、すなわち疾患単位で単純なグループ分けを行うことは困難と思われる。しかし個々の状況や解剖所見を正確に記録した上でUbの出現程度を調べることにより、生前に受けた“ストレス"を考える上で興味深い指標として利用することは可能であると考える。
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