心臓に伸展刺激が加わることにより、様々な現象が引き起こされることが知られている。洞結節が機械的伸展刺激を受けることにより、心拍数は増加する(陽性変時作用)が、その電気生理学的機序については全く明らかにされていない。一方、カルシウム電流は、洞結節細胞のペースメーカー電位形成において最も重要な構成要素である。本研究では、細胞膜伸展刺激によりカルシウム電流がどのような影響を受けるかを検討する。家兎単一洞結節ならびに心房筋細胞にガラスパッチ電極を用いてwhole-cell電圧固定法を行なった。10mM EGTAを含む電極内液を用い細胞内カルシウムをキレートし、2mM カルシウムを含む外液潅流下で、細胞膜伸展前後における電流変化を測定した。細胞膜の伸展にはパッチ電極を介して直接細胞膜に陽圧を加える方法と細胞外液に低浸透圧液を潅流させる方法を用いた。細胞膜伸展刺激によって内向き電流が増大し、この変化はNifedipineによって完全に抑制され、カルシウム以外にバリウム等も透過し得ることから、既存のL型カルシウム電流が膜伸展感受性を示すことが明かとなった。この細胞膜伸展によるカルシウム電流の増加は再現性をもって認めたが、カルシウム電流のキネティクスには影響を与えなかった。つぎに、細胞膜伸展によるカルシウム電流増加の機序を分析した。カルシウム電流の主な調節はCyclicAMP依存性タンパクキナーゼ(Aキナーゼ)によるチャンネルのリン酸化によることが知られている。Aキナーゼを特異的に抑制するProtein kinase inhibitor存在下でも膜伸展によりカルシウム電流は増加した。このことより、細胞膜伸展刺激は、これまで知られている機序を介さずにカルシウム電流を直接増加させることが判明した。この心筋細胞膜伸展によるカルシウム電流の増加は、既述した伸展による陽性変時作用のひとつの機序となると考えらた。
|