セロトニン5-HT1受容体が、精神疾患や精神状態に何らかの役割を果たしていることが推測されている。今回、分子生物学的手技を用いて、気分障害、不安障害における5-HT1受容体遺伝子の検討を行った。症例は、アメリカ精神医学会の診断基準、DSM-III-Rを満たした、気分障害50人(大うつ病25人、双極性障害25人)、不安障害(パニック障害20人)である。健常者は同じ地域に住む、精神科受診歴、遺伝歴のない50人を集めた。いずれも、研究の主旨を理解し、同意を得ている。末梢血5mlを採取し、フェノール・クロロホルム法によりゲノムDNAを抽出した。Polymerase chain reaction(PCR)を用いて、気分障害の5-HT1A受容体遺伝子、不安障害の5-HT1Dα受容体、5-HT1Dβ受容体遺伝子の増幅を行った。引き続いて、ディデオキシ法により塩基配列をスィークエンスした。健常者においては、これら3種類の遺伝子を調べた。5-HT1A受容体遺伝子の454番目から459番目の塩基配列はCCGCGTではなく、CGCGCCGCTであり、対応するアミノ酸もプロリン、アルギニンではなく、アルギニン、アラニン、アラニンであった。これは、疾患特異的ではなく、健常者にもみられた。5-HT1Dα受容体遺伝子の1080番目の遺伝子がTからCに置換している症例があったが、ともに対応するアミノ酸はアスパラギンであった。5-HT1Dβ受容体遺伝子の276番目の遺伝子がAからGに置換している症例があったが、対応するアミノ酸はともにアラニンであった。これらの結果は、気分障害、不安障害における5-HT1受容体遺伝子の塩基配列の異常の可能性が低いことを示唆している。今後は、転写、翻訳の過程やセカンドメッセンジャー系との連関の検討が必要になろう。
|