緒言 近年、歯肉増殖症を誘発すると思われる薬剤の発見が相次いでいる。高血圧症等の患者に用いられるcalcium代謝拮抗剤のnifedipineや、臓器移植を受けた患者等に用いられる免疫抑制剤のcyclosporinなどが、従来から知られていた抗てんかん薬のphenytoinと同様の歯肉増殖を起こすことが判ってきた。薬剤によって誘発される歯肉の増殖過程については不明な点が多く、線維芽細胞の増殖、collagenの過形成、collagenaseの産生抑制などが機序として考えられているが、なぜ歯肉にのみ増殖が生じるのか詳細は判っていない。そこで本研究では、歯肉に密に分布する神経が歯肉の増殖と何らかの関係があるのではとの仮説をたて、薬剤によって誘発される歯肉の増殖過程における各種ペプタイド含有神経の動態を、免疫組織化学的に検索した。 実験動物及び実験方法 1.歯肉増殖の発症:Fischer系ラット(雄性、15日齢程度)を用いた。実験動物に、生後20日目より、phenytoin、nifedipine及びcyclosporinを配合した粉末飼料を食餌として与え、歯肉増殖を惹起させた。 2.試料の作成:飼育40日で動物を潅流固定した。この後、下顎及び上顎骨を一塊として採取し後固定したのち、2-3日間の塩酸-蟻酸による急速脱灰cryostatにて30-40μmの凍結切片を作成すした。このとき神経線維の走行を立体的に構築するため、矢状、水平、前頭の3方向にそれぞれ切片の作成を行なった。 3.試料の観察:上記の操作で得られた切片について、一次知覚性の神経の指標となるsubstance P(SP)とcalcitonin gene-related peptide(CGRP)、交感神経の指標となるneuropeptide Y(NPY)それに副交感神経に特徴的なvasoactive intestinal polypeptide(VIP)の局在を調べるためSternbergerのPAP法の準じて免疫染色した。対比のために、一部の切片に通常のH.E.染色を行ない、歯肉増殖がどの程度になっているかを確認した。 結果と今後の展望 上記の実験の結果、次のことが判った。1.phenytoin、nifedipine及びcyclosporinを投与したラット全てに歯肉の増殖が確認された。2.増殖した歯肉には軽度の炎症反応が観察された。3.歯肉に分布する神経線維の数は、増殖した歯肉では総数として増加していたが、分布の密度は変化がなかった。4.歯肉への神経線維の分布状態は、正常なものと薬剤によって増殖したものと大差がなかった。すなわち内縁/歯肉溝上皮直下に密な神経線維の分布があり、一部は接合上皮内に侵入していた。外縁/口腔上皮側には神経線維の分布は少なかった。 以上のことから、歯肉に分布する神経線維は、歯肉増殖を生じさせる薬剤によってあまり影響を受けないこと、また歯肉増殖に対して積極的には関与しないことが判った。ただ臨床において、歯肉増殖を生じるような薬剤の投与を受けている患者は、歯髄や歯肉の痛みに対する感受性が低下するということが言われており、中枢神経系において変化が生じていることも考えられる。今後、三叉神経節の神経細胞体の変化を観察したいと考えている。
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