研究概要 |
本研究では,細胞内シグナル伝達において重要な役割を果たしているRasタンパク質について,その作用機構の解明を目指した。RasのTyr32-Tyr40はエフェクター領域と呼ばれ,シグナル伝達に必須な領域である。本研究では,今までのエフェクター領域のC末端側に隣接する領域に,新たなエフェクター領域が存在することを示し,その役割の解析を行った。 RasはGTP結合タンパク質であり,グアニンヌクレオチド交換により構造変化を起こす。特に大きな構造変化を起こす領域の一つが,switch I領域(Asp30-Tyr40)であり,今までのエフェクター領域とほぼ一致している。しかし,今回見いだしたエフェクター領域は,ヌクレオチドの交換ではほとんど構造変化を起こさない領域であった。このことから,この二つのエフエクター領域は性質が異なると考え,大きな構造変化を起こす今までのエフェクター領域をswitch effector(E_S)領域,構造の変化しない新たなエフェクター領域をconstitutive effector(E_C)領域と呼ぶことにした。 次に,二つのエフェクター領域のそれぞれのシグナル伝達における役割について,検討した。Rasは,直接Raf-1と結合し,そのキナーゼ活性を上昇させ,MAPキナーゼをリン酸化し活性化することによって,細胞増殖を引き起こすが,Raf-1キナーゼ活性の上昇には,Ras以外に何らかの因子が必要であると考えられている。本研究において,E_S領域の変異体はRaf-1との結合能を失っていたが,E_C領域の変異体はRaf-1との結合能を保っているにも関わらず,MAPキナーゼの活性化が見られなくなっていた。このことから,E_S領域はRaf-1との結合に必要であり,E_C領域はRaf-1の活性化に必要な因子との結合に関わっている可能性が示唆された。このような複数のエフェクター領域の存在は,Rasのシグナル伝達経路の多様性を裏付けるものであると考えられる。
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