研究概要 |
矯正用Stainless Steel(SSと記す)ワイヤーは、臨床上必要な機械的性質を得るため、熱処理により硬化させた状態で使用されることが多い。これは固体状態の金属あるいは合金を加熱および冷却することにより治療に必要な硬度を得るために行われるものである。ワイヤーの表面には通常、不導態膜(酸化膜)が存在し、そのため腐食が進行しにくくなっている。しかしながら、この不動態膜は熱処理により破壊されるため、金属の溶出に対する抵抗性が低下しその溶出量は増加すると考えられる。そこで我々は、熱処理によるSSワイヤーからのNi,Crの溶出量の変化について検討した。 実験材料として、長さ11cmのSSワイヤー(0.019×0.025)を、リングファーネス中にて、曲げ剛性、弾性特性などに問題のない450℃、10分間熱処理を行い、その後、20℃の水中にて急冷したものの、コントロールとしては、同じく長さ11cmのSSワイヤーに熱処理を加えないものをそれぞれ使用した。まず、各ワイヤーを脱イオン水にて洗浄した後、無水エチルアルコールで脱水し、さらに四塩化炭素で除脂し、再び脱イオン水で十分洗浄し乾燥させた。浸漬液として用意した生理食塩水12mlを入れた栓付き試験管に乾燥させたワイヤーをそれぞれ2本ずつ浸漬し、37℃で、振盪下(90回/分)にて7日間インキュベーションした。そして、ワイヤーを取り除き浸漬液中のNi、Cr量を原子吸光度計にて測定し、それぞれ27例のデータを得た。その結果、Crは熱処理の有無に関わらず溶出量が非常に少なかった。それに対しNiは熱処理したワイヤーからの溶出量の平均値が0.635μg/ml、熱処理をしなかったワイヤーからの溶出量の平均値は0.015μg/mlであり、両者には高度な有意差が認められた(P<.0001)。すなわち、Niは熱処理により約42倍もの溶出量の増加が認められた。
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